8/13 お墓参りした

今日はお盆なのでお墓参りに行った。その帰り道にあったはずの電気メーカーの工場がいつの間にかなくなっていた。撤去作業を見ていなかったので、見慣れたでかい建物があったはずの場所が急に更地になってしまったので、とても驚いた。

その建物自体には大した思い出とかは別にない。小さい頃にそこで行われていたお祭りのオセロ大会で、勝ったことくらいしか覚えていない。けれど、どこかもの寂しさを覚える。

このように町が更新されていくのは、健全なことであろう。古いものが廃れ、新しいものが興るのは世の常である。でも、そうしているとそのうち自分にとって懐かしい風景というものがこの世からなくなってしまうのかもしれない。

こんな話を昔聞いたことがある。日本の海岸の多くは護岸のためにテトラポットが多く置かれている。このテトラポットというのはその人工的な形と無機質な色から、日本の海岸の原風景を損ねるものとして、しばしば批判に挙げられる。ただ一方で、海岸沿いに住む若い人に話を聞くと、テトラポットのある海岸に懐かしさを覚える人も多いんだそうだ。子供の時分から、テトラポットのある海岸には慣れ親しんでいて、そうした風景がその人たちにとって原風景ということなのだろう。

何に懐かしさを感じるかは人それぞれということだ。田舎の祖父母の家の裏山で、最近メガソーラーを作る計画が持ち上がっているらしい。近くに変電所があるから、発電所を作るのに適しているのだそうだ。僕はあの裏山の林を伐採して、無機質な太陽光パネルを並べるなんて、とんでもないことだと思う。でも未来の人たちにとっては、太陽光パネルで覆われた山が原風景になるのかもしれない。

今の日本の平均年齢は48.6歳なんだそうだ。J-stageで適当に調べて出てきた論文(瀧川、2018)によると、15歳〜20歳に聴いていた音楽が1番懐かしく想起されるそうだ。ちゃんと調べていないのでこれの真偽はわからないが、この論文に基づくと、大体1990年くらいの風景が平均的な懐かしい風景ということになる。

8/12 帰省した

お盆休み前、実家に帰る途中の電車で「貯金の少ない人の家は散らかっている」っていう本の広告があった。僕は貯金は少ないし、部屋は大抵散らかっているので、これに当てはまる。n=1だ。

この命題が世界の真理だと仮定すると、論理的には世の中には3種類の人間がいることになる。すなわち

  • 貯金が少なく、家が散らかっている人間
  • 貯金が多く、家が片付いている人間
  • 貯金が多く、家が散らかっている人間

要は、部屋が片付けていれば、貯金が増えるということになるのか。ただ、部屋をついつい散らかしてしまうずぼらな人間でも、貯金が多い可能性を残してくれている。「片付ければいいことがあるけど、片付けなくても別にいいよ」という人の人格を否定しない、やさしい広告だな~。

これが「家が散らかっている人の貯金は少ない」だったら、目も当てられない。この場合は論理的に考えると、部屋が散らかっている僕みたいな人間の貯金が増える可能性が全否定されるだけでなく、部屋を頑張って片付けていても貯金が増えるとは限らないってことになる。社会の厳しさを叩き込むような広告になってしまう。主語と述語が入れ替わるだけで、まさに天国と地獄だ。

 

8/11 民博に行った

夏とはなんと難儀な季節なんだろう。冬は寒ければ上着を着ればいいが、夏は服を脱いで裸になったところで、暑いものは暑い。寒いのより暑い方が嫌いだ。冬には暑いのより寒い方が嫌いになるのだけれど。

今日は猛暑の中、万博記念公園にある国立民族博物館略して民博に行ってきた。ここは文化人類学民族学の研究機関兼博物館で、世界各地の民芸品や生活雑貨とかがおいてある。国立だけあってめっちゃ広い。4時間くらいかけて、後半は駆け足気味に回ったが、特別展には間に合わなかったほどだ。

最初はオセアニアエリアだった。まだ、民博の広さを思い知る前だったので、結構じっくりまわった。このエリアで特に印象に残っているのは、映画ドラえもんの日本誕生に出てくるギガゾンビみたいな衣装。謎のトゲが生えた帽子に、樹皮の布で作られたタープ。肩幅より半径が大きい首飾りに、暖簾のような真珠貝の胸飾り。右手にカスタネット、左手にギロの棒っぽい何かを持っている。なんでも葬式の長が着る衣装だそう。ただ見た感じは、フラメンコの亜種みたいな感じで踊りそうな気がする。悪霊を払うとかそういう意味合いがあるのだろうか。ああいうイカつい伝統の衣装を最初考えたのは誰なんだろうね。意外と悪ノリで決めたのが後世まで残ってたりしないのかな。

あと、小便を垂らす男とそれを飲む子供の上にもう一組の大人と逆さまの子供が載っている像も、なかなかインパクトがあった。もちろん上の説明は僕の解釈であって、正しくはそういう像ではないかもしれないが。確か、戦いで人が亡くなった村に作られた像らしい。鎮魂なのか、それとも呪いなのか、どちらにせよなかなか恐ろしい。

次はアフリカエリアだった。まずアフリカの町の看板とか露店とかの展示が目に入ってくる。散髪屋の看板が色々と飾ってあったのだが、アフリカにはトーキョーカットという髪型があるらしい。どんな髪型だよって思うが看板に書かれているイラストによると、いわゆる角刈りっぽい髪型だった。アフリカの人の東京のイメージってどうなってるんだろうか。

他によく覚えているのは、植物の皮などの材料で出来ている、動物を模した被り物。中が空洞になっていて、人が入れるようになっている。ニャウ・ヨレンバというらしい。死者の霊を鎮める儀礼の時に使うそうで、展示ではニャウ・ヨレンバに向かって大勢の女性が「〇〇(亡くなった方の名前)さん、ステキー」っていうと、ニャウ・ヨレンバが速さを増しながら回転していくという、儀式の様子のビデオが見れた。ニャウ・ヨレンバは、男だけの仮面結社が秘密裏に作っているが、非構成員には絶対の秘密なんだそう。そのため、非構成員の女性や子供には水から釣り上げたと説明している。ただ、女性には普通にバレていた。

オセアニアとアフリカでかなり時間を使ってしまったので、疲労と時間不足でそのあとはかなり駆け足で見ることになった。アジアの展示では、中国の高床式住居やモンゴルのゲルの中を再現した展示が特に面白かった。教科書の写真で見るのと、実際に中に入るのとでは全然受ける印象が違うね、やっぱり。家の中をそのまま再現していて、ゲルの中は家具がカラフルであることや、中国の住居には酒井法子の古いポスターが飾ってあることなんかを知ることができた。それと白熊の毛皮の剥製も初めて見たな。

 

 

8/10 四季報を読んだ

就職をどうするかということをちゃんと考えなければならない年齢なので、四季報を読んだ。四季報にはいろいろな情報が掲載されていてなかなか面白い。

特に興味深いのが離職率。これは入社して3年以内に退社した人がどれくらいの割合で居るかを示したものだ。いや、人の不幸を面白いとか言っちゃいけないんだけども。

例えば、とあるIT企業は離職率が44%程だったのだが、そこの企業が求める人材という欄に「ストレス耐性」って書いてあって思わず笑ってしまった。仕事のストレスでやめていく人が多いのだろうか。四季報って誰が書いているんだろう。若者のひ弱さを嘆く壮年の会社役員だったり、辞められる若さを羨む入社8年目くらいの社員だったりするのだろうか。でもちゃんと掲載していることは、その企業の裏表のなさを表してるってことなのかな。ちょっと正直すぎる気もするけど。もちろん、企業によってはステップアップとして比較的円満に退社する人もいるだろうから、一概には言えないが。

あと,残業時間。例えば,大手コンビニ三社は年収や離職率はあまり差がないが,セブンイレブンだけ他の二社と比べ残業時間が約2倍(22時間/月)だったりする。去年の四季報なので今は違うかもしれないけど。なんでだろうね。やっぱり店舗数が関係してるのかな。店舗数が多いと,その分社員一人当たりが担当店舗増えそうだよね。ネットの情報だが調べてみると,1店舗当たりの社員数はセブンイレブンが0.417人,ファミマが0.32人,ローソンが0.35人だった。じゃあ違うか。やっぱり業界トップの地位を保つにはそれなりの労働が対価として必要だということなのだろうか。

しょうもない情報ばっかり気になってしまうな。就活に向いていない性格な気がする。

2022/ 08/09 ここ一週間くらいのアレコレ

しまった。結局1週間くらい空けてしまった。2個前の日記では毎日書こうって宣言しているのに。夏季休暇中に日記を書くのを習慣づけることが目標なのだが,まだまだ前途遼遠だ。とりあえず,8/4からのできごとをまとめて書くことにする。でも結構忘れてるだろうな。

 

8/4 モアイ作った
たしかこの日は3Dプリンターで印刷して,弾性波を測定した,僕にしては結構いろいろあった日のような気がする.でももうなんか結構前の日のような気もするな。いうてもう夏季休暇も1/6が終わってしまったし,ほんとあっという間だ。

年齢を重ねると世界に対する感動が薄れていって,時間の流れを速く感じるようになるってのはほんとだろうか。僕ももう,かなり感動を失ってしまったのだろうか。でも確かに昔ほど,ドラマとか映画とかで泣くことは少なくなったように思う。子供のころはポケモンジラーチの映画とかみてボロボロ泣いていたものだが。

そういえば、最近読んだ本に書いていたのだが、時間の流れは高いところの方がわずかに速いらしい。速いといっても、どっかの山の上で1兆分の1秒くらいの差らしいが。多分標高が高い程、絶対座標における速度が速くて、それで相対性理論がどうちゃらするのだろう。まだ、そこまで読み進めていないのでその辺はわからない。まあでも、100年を秒で換算すると、大体30億秒くらいだから地球の人間には関係のないだろう。角速度がずっと速い惑星なら、標高による時間のずれが人の生活に影響を与えるほどになるだろうか。地球の角速度が大体7.29×10^-5[rad/s]らしい。速いか遅いか分らんな。

天体の角速度で思ったが、すごくでかい星が、とても速く回転したとして、その星の回転速度が光速を超えるってことはあるんだろうか。回転速度って角速度と回転中心からの距離で決まるから、回転速度が制限されるなら、それは角速度か天体の大きさのどちらかが制約されるって事なのだろうか。地球の角速度で回転するなら、地表面が光速を超える天体の半径は計算すると大体4.12兆kmだな。1光年が約9.5兆kmだから、径が1光年弱の天体ということになるな。でかすぎやろ。あ、でも小松左京の虚無回廊にでてくるSuper Structureは径が1光年くらいあった気がする。あらゆる物体は光速を超えないとするとSSの角速度は地球よりもゆっくりだったということになるな~。なるほど。

見返してみると、8/6のタイトルは「モアイ作った」なのに何の話をしてるんだろう。これは要は3Dプリンターでモアイを印刷したってことね。高さが約3cmくらいのちっちゃいモアイだけど印刷に4時間、洗浄・乾燥にそれぞれ30分位かかった。結構手間がかかるものだね。光によって硬化する樹脂で下から固めて印刷していく仕組みらしい。なんでも、粉末の材料をチューブから積んで印刷する方法よりも精密に印刷できるんだとか。そのおかげか、モアイの乳首までちゃんと印刷されてた。モアイって裸だったんだね。

弾性波測定は機械が漏電してるらしくてゴム手袋をしながらの作業になった。さすがに買い換えられないのかな。いや、漏電してる機械で実験するな。なんというか大学って貧乏なんだな。

 

8/5  
最近人間は1日24時間じゃないと生きられないのかって思って論文を調べてみた。結構関心がある人が多いみたいで、24時間以外の生活を試してみたって研究が結構あった。例えば、Czeislerって人がScienceに掲載した論文では一日20時間や28時間周期で閉鎖空間内に1か月生活したらしい。でも人間の生理的なリズム(概日リズム)はずっと24時間ちょっとのまま変わらなかったみたい。概日リズムと生活サイクルがずれるのって、目が覚めても横になったままずっとYoutubeとかを見ながら過ごしてた日曜日の昼下がりみたいに、頭ぼーっとした感じなのかね。そうなるとやっぱり24時間以外で生活するのは大変そうだな~。人間は骨の髄まで地球環境に適応してしまった生き物なのね…。

 

8/6 8/7 あんま覚えてない
月曜日の研究室ゼミの発表資料をつくるために、進捗のない研究を進捗させ、それをパワポにまとめるってのをずっとしてた。土日なのに。他の研究グループのやった実験を自分のモデル解析して、モデルの検証をしてみるってのをやった。材料が違うから合わないかな~って思ってたけど、やっぱりうまくいかなかった。なんというか課題がどんどん増えていくね。これが研究ってやつなのか。

モデルの検証に使った実験は、イランの人の研究だった。基本的にアメリカ人かヨーロッパ人か中国人の論文しか、見つからないから、珍しい。イランって国のことはあんまり知らないな~。知っていることは、中東に位置していて、アメリカと仲が悪く、首相がターバン巻いてるってことくらいか。

あと風花雪月無双の紅花の賞をクリアしたな。なんか俺たちの戦いはこれからだエンドだった。ifストーリーとして面白くはあったんだけどなー。無双システムも始めてやったけど、なんというか単調で、俺には合わなかったな。これをSRPGで出してほしかった。

あんま覚えてないって書いた割には意外と覚えてるな。

 

8/8 みんはやっていうゲーム変わりすぎやろ
今日はゼミも無事終わって、研究室でごろごろしてると、なぜか6人くらいでみんなで早押しバトルってアプリをやることになった。最近アップデートされたらしくて、以前はすごいシンプルなUIだったんだが、知らぬ間にキャラクターガチャゲーになってた。キャラクターの育成要素とかもあるらしいが、育成して何になるんだ?「パッシブスキル:問題文が早く見れる」「アクションスキル:フィフティ・フィフティ」とかになるんだろうか。世の中ガチャゲーだらけだな~。結局ガチャで人の射幸心をあおるのが、一番儲かるんだろうか。まあやっぱゲームのガチャって引いてしまうもんな。そういえば射幸心って英語でGamble spritっていうらしい。なかなかセンスあるね。

8/9 部屋片づけた
今日は、特に大したことはないが、部屋を片付けた。いや、僕にとっては結構なニュースだ。4月以降、忙しかったりめんどくさかったりで、ほとんど部屋の片づけをしてこなかったもんだから、結構久々にホコリの無い床を見た気がする。たまっていた食器の洗い物も全部片づけた。人間の部屋ってどうしてこんなに散らかるのだろうか。毎回毎回、片付けるたびに、もう散らかさないように気をつけようと決意するのだが。やっぱり部屋も放置していくと、乱雑さ増大の方向に遷移していくのだろうか。おまけに散らかっているほど、散らかすことに抵抗を覚えなくなるので、正のフィードバックによって加速度的に散らかっていく。あ、だめだ。眠くてこれ以上思いつかない。

 

2022/08/03 ペンローズ三角形を作った

最近、灼熱にように暑い。今日もカンカン照りの中自転車で大学に行ったために、机の上の紙を汗でびしゃびしゃにしてしまった。先生も若干引き気味だったように思う。7月と8月はどちらが熱いのだろうか。この前もニュースで今年最大の猛暑って言ってたから、やっぱり8月が暑さのピークなのかな。さすがにもうピークアウトはしたのだろうか。コロナみたいに、ピークアウトしたした詐欺はやめてほしいものである。

 

今日は、大学で3Dプリンターに試しに印刷する、いい感じの3Dモデル探しをしていた。割と昔から3Dプリンターって流行っているようで、自分の顔をルビンの壺にしただとか、一人ピタゴラスイッチとか、面白いものも結構あった。ああいう無意味なおもちゃをみていると結構3Dプリンターが欲しくなってしまった。先輩によると意外と10万位で買えるらしい。部屋がガラクタでもっと散らかりそうだけれど。

ただ、結局明日の打ち合わせには、大英博物館が公開していたモアイ像を案として持っていくことにした。研究室の机には、パンダとテトラポットのフィギアがあるが、その横にモアイ像がおいてあったら、どこかしっくりくるような気がしたからだ。わりとウケもいいだろうし。でもいいなそれ。真実の口とかマーライオンとか、修学旅行で泊まるホテルに売ってるお土産みたいなのを、解析パソコンの上に並べてみたりしたら、いいんじゃないか。やっぱり大学の研究室ってスッキリしてるより、ある程度雑多なほうがそれっぽいよね。

二つ案を持ってくるよう言われたので、もう一つは自分で作ってみることにした。素人なので複雑な形のものは難しい。何かいいものはないかなあって思っていたところ、トリックアート的な幾何学的図形が良さげだったので、ペンローズ三角形を作ることにした。ペンローズ三角形というのは、無限ループしているように見える、錯視を利用した三角形だ。

ペンローズ三角形

90°に折れた三つの棒をつなげて、一辺の先だけちょっと削るだけなのだが、作るのはとても大変だった。まあ僕がただ単にAutoCadの使い方が分からなかっただけなのだが。今日でようやくソリッドモデルとサーフェスモデルの使い方が分かってきた。うまいことソリッドモデルをサーフェスで区切って、切断しながら整形していくとうまくいく。一度できてしまえば、簡単なのだが、そこまでの試行錯誤がすごく大変だ。線分が変な方向に伸びたり、操作方法を調べても全く役に立たないまとめサイトしか検索結果にひっからなかったりする。こんだけ苦労したのだから、明日は是非これを見せてドヤ顔をしてやりたい。

ペンローズ三角形は、ちょっと前にノーベル賞を受賞したロジャー・ペンローズとそのお父さんが考えたものらしいが、最初にこれを見つけたときは、ドヤ顔で友達に見せまくっただろうな。僕ならそうする。

研究会発表原稿を書いた

毎日日記を書くと決めたので、今日の出来事を日記に記すことにする。早速、有言実行をかましてえらい。

 

今日は調べものをした。内容としては宇宙社会に関する既往研究である。自分で書いててなんだが、すごい空想じみてる気がする。これを発表した時に、こんなもの子供のお遊びだと笑われるのではないかと今から心配である。実際、僕自身が既往研究を調べても、まともな研究がねえと文句を垂れていたので、仕方ないことかもしれない。

人類の宇宙進出について、基地をデザインしたとか構想を考えたとか、そういう研究はごまんとあるし、最近は基地での食料生産や資源・資材の開発の方法など、もう少し具体性のある論文も多くみられる。一方で、その基地においてどういう社会が望ましいか、という議論はほとんど見られない。例えば、経済の仕組み、基地内の法律、社会構成、文化などである。

やっぱり世の宇宙少年少女はそういう宇宙社会の中身の部分には関心がないのだろうか。実際SF小説を読んでいて、ここは違和感を覚えるところである。どの小説も未来社会の描写そのものは繊細かつ大胆で面白いし、その想像力には脱帽するところである。しかし、喋っている言葉は日本語だし、思考は現代人と変わらないし、生活様式だってガワが変わっただけだ。

超高度なAIが発達していたり、太陽系や系外まで社会が拡大していたり、そんな世界であったら考え方や生活様式とか慣習とかが根本から変わってるだろう。例えばなんだろう。英語と中国語と日本語が混ざった分かるようで分からない言葉を話すとか、1日が27時間だとか、貨幣が水になるとか。うーんそんな斬新でもないな。やっぱり現代人の想像の限界ってやつか。まあ世のSF作家も、日記を書き始めて3回目のやつにこんなこと言われたくないだろな。

やっぱり、そう簡単に人類の根本は変わらないのだろうか。そのことで思い出したが、この前吉川英治三国志を読んでいると、父に「三国志を読んでると、ひとって変わらへんなぁって思うやろ?」と言われたことがある。確かに一理ある。人から受けた恩はすぐ忘れるが、他人には恩着せがましい呂布とか、現代小説の嫌な上司役として出てきそうである。まあでも、首を両手に持って放り投げるほどの剛毅な神経を持っている人が現代にいたら、それはサイコパスと呼ばれるだろうし、そういう意味ではひとは変わるんだろう。もしかしたら未来は、水を飲むだけでサイコパスと呼ばれるかもしれないし、24時間サイクルの生活は超人的かもしれない。